嘘八百日記

このブログ記事は全てフィクションです。

世界からクソリプが消えたなら

諸君は『クソリプ』というものを知っているだろうか。

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クソリプというのは、SNSにおいて特定の投稿に対する返信であるリプライの中でも、受け取った側の気分を害したり、内容が全くの見当外れであったりするなど、「クソ」と称したくなるようなリプライに対する総称である。

20XX年、Twitter社はタイムラインの管理・運営に、暴言や意味不明な返信、セクハラにあたる返答などを自動的に検出し削除するAI『クソリプサーチャー』を導入し、クソリプをタイムライン上から一掃した。

日頃からクソリプに悩まされる有名人や、良識を持った投稿を心掛ける者たちは喜び、クソリプに怯えることなく自由なTwitter生活を送っていた。

しかし、女性アイドルに毎日セクハラリプライを送ることしか生きがいのない男、糞理不男 次三(くそりふお じぞう)はこれを良しとしなかった。

これはそんな男の、戦いの記録である。


次三は、自分が送るリプライがいつからか削除されてしまっていることに気がついた。

「あれ?今日も『みゆきチャン、おはよう☀🖐 今日も可愛いネ❗ 僕は昨日、仕事で、鶯谷に、行ったヨ❗ラブホ🏩が、いっぱいあって、今度みゆきチャンと、一緒に行きたいナ、って思った❗ナンチャッテ😆』と送った筈なのに、なぜか表示されてないぞ?」

おかしいと思った次三はネットで検索した。するとTwitter社がタイムライン管理にAIを使っていて、クソリプと認識した投稿は自動的に削除されるようにしている、という記事を見つけた。

「大好きな女の子達に送る、僕のまごころのこもったリプライを削除するなんて……おのれTwitter!許さんぞ!」

次三は激怒した。そして『クソリプサーチャー』による自動選別システムを破壊すべくTwitter社へと向かうことにしたのだった。

Twitter社への道中、次三は志を同じくする仲間と出会った。ツイート内容を1ミリも理解しようとしない女、阿保丸 田四子(あほまる たしこ)、隙あらば自分語り、児子剣寺 翼男(じこけんじ よくお)の2人である。

彼らも次三と同じく、Twitter社のAIを用いた投稿の選別に異議を唱えていた。同じ目的を持った彼らは苦難の道を乗り越え、とうとうTwitter社に辿り着いた。

「ここがTwitter社ね。諸悪の根源はもうすぐよ」
田四子は傷んでボサボサの髪をかき揚げ、そう言った。

「やっと着いたんだな。ここまで長かったよ」
翼男は鍛えられていない痩せた体を伸ばしながら、ここまでの旅路に思いを馳せた。

「ここからが本番だ。それじゃ、行くぞ!!」
次三は脂肪のたっぷりついた腕を掲げ、仲間たちの士気を高める。

覚悟を決めた3人はTwitter社へと足を踏み入れたのだった。



Twitter社には多数の警備員が配備されていたが、クソリプを送り続けてはや数年の3人の前ではもはや敵ではなかった。

そうして3人はTwitter社の心臓とも呼べる、自動選別AI『クソリプサーチャー』のある場所へと辿り着いた。その部屋は多数のコンピューターが置いてあり、冷却ファンの音が室内に響いている。モニターから漏れる光以外に部屋を照らし出すものはない。

「君たちがここに来ることは分かっていたよ」
うす暗い部屋に何者かの声が響く。

「貴様は誰だ!!」

次三は姿の見えぬ敵に警戒しながら叫んだ。

「私は『クソリプサーチャー』の生みの親、善返 信行(ぜんへん のぶゆき)だ」

部屋の奥でスポットライトが着き、白衣の男を照らし出す。男はスキンヘッドに眼鏡といった姿であった。
「あんたがあの忌々しい『クソリプサーチャー』を作ったのね!」

田四子は男を睨みつけながらそう言い放った。

「『クソリプサーチャー』はクソリプに悩み苦しんだ人々にとっての救世主(メシア)なのだよ。私の発明によって何千何百万もの人々がクソリプの呪縛から解放されたのだ。忌々しい、と形容するのはやめてくれたまえ」

「リプライをことごとく消される俺たちはどうなるんだよ!」

翼男が怒りを孕んだ声で善返に訴えた。

「大勢の人々が君たちのリプライを『必要ない』と判断しているんだ。現に『クソリプサーチャー』を導入してからのユーザーアンケートでは86.9%のユーザーが『クソリプを自動で除外するようになってからTwitterを利用しやすくなった』と答えている。君たちのリプライはTwitterには必要ないのだよ」

「……許さない!」

次三は怒りに震えながら、スマホを取り出す。それを見た田四子と翼男も同様にスマホを取り出した。

「ほほう。それで私をどうするつもりなんだ?」

「僕たちの力で、お前を、倒す!」

次三はそういうとスマホを起動し、高速で何かを打ち込む。

「これが、僕の力だァ!」

次三が打ち込んだのは純度100%のクソリプだった。


言葉には言霊という力が宿っているとされている。つまり言葉は『力』だ。次三たちクソリプ使いは、自身がスマホに打ち込んだクソリプを具現化し、クソリプに宿る『力』をもって相手を攻撃することができるのだった。

『僕、マジで、マッサージうまいよ❗かすみチャンに、やって、あげたいなァ❗』

次三から放たれたクソリプが善返を襲う。

「うがぁぁぁ!!なんだこのクソリプはァァア!」

次三のクソリプによって善返が壁に叩きつけられる。

「私もやってやるわ!!」

田四子もスマホを持ち、何かを打ち込み始める。

『それって女性をモノのように見てるってことですよね?謝ってください!』

「グフゥゥ!理解力の無さに頭が痛くなってくるゥ!!」

田四子のクソリプに善返が苦しみ悶える。

「俺もいっちょやってやりますか!!」

翼男もクソリプを打ち込んだ。

『俺も理系だけどFカップで清楚系な彼女いるわw理系だから出会いがないって言うのは甘えw』

「うっ!そんなことは誰も聞いてないィ!!」

翼男のクソリプ攻撃で善返は5m近くも吹き飛ばされてしまった。土煙が善返の体を覆う。

3人の力によって善返は倒されたように見えた。

「やったか……?」

「クックック……」

不気味な笑い声とともに善返がゆっくりと起き上がった。

「『クソリプサーチャー』を起動して、クソリプ攻撃を弱体化させてなければ死んでいたところだったよ……」

彼はずり落ちた眼鏡を指で直し、不敵な笑みを浮かべた。

「何っ!?『クソリプサーチャー』はどこにあるんだ!」

「私ハ、ココニ居マス」

機械音のような平坦な声が3人の背後から聞こえた直後、物凄い力で跳ね飛ばされた。

「な、なんなんだよ、この力は」

「……私たちの使う力と似た気配を感じたわ」

「これはまさか!?」

「そのまさかだ。今のは自動クソリプ認識AI『クソリプサーチャー』の力さ!!」

善返が見つめる先―――3人の背後には人型のロボットが立っていた。

「『クソリプサーチャー』はタイムライン上でクソリプを自動で検出出来るよう、何億通りものクソリプを学習させたのさ。このAIは貴様ら程度のクソリプ使いよりも遥かにクソリプに詳しい。だからあの力を使いこなしているんだ」

「そういうことだったのか!でもAIなのになんでハードウェアを作ってるんだ!別にロボットの見た目をしている必要はないじゃないか!」

次三がもっともな疑問をぶつける。

「それは……男のロマンというものだ!メカメカしいと何だかカッコいいじゃないか!!別にいいだろ!!」

これまで冷静だった善返が珍しく声を荒らげた。

彼はそれを誤魔化すように咳払いをした。

「まあいいだろう……それでは、早速『クソリプサーチャー』にはこいつらを始末してもらおうじゃないか。戦闘データも取っておきたかったし、ちょうどいいな」

「マスター、了解シマシタ。対象ヲ排除します」

クソリプサーチャー』は端末を取り出し、目にも留まらぬ速さで何かを入力した。

『今日も、寒いネ❗僕は、さくらチャンに、温めて欲しいカナ〜👀なんちゃって😆』
『専業主婦がまるでなにもやってないって言いたいんですよね?失礼です!謝ってください!』
『それはキツイなw 俺は東大卒年収1000万で港区のタワマンに住んでるけどw』
『年上の♂って、どうかな👀😆僕は、きよみチャンの年齢の、女の子でも、大丈夫ダヨ❗』
『イジメられる人間はみんな自分が悪いってことですか?傷つきました!謝ってください!』
『1人でクリスマス過ごすって寂しいよなw 俺は大学時代の友達(女子もいる)とパーティするんだけどなw』


「ヒイィィィィ!!なんて気持ちの悪いリプだ!!」
「ギャアッ!内容をまるで分かってなくて頭が痛いィ!!」
「グオッ!!誰もそんなこと聞いてないじゃねーかァ!!」

クソリプサーチャー』の連続クソリプ攻撃に曝され、3人は心身共にボロボロになっていた。

「これで少しはクソリプの酷さが分かったか?それじゃあそろそろとどめを刺すか」

「マスター、対象ガ何カ動イテオリマス」

クソリプサーチャー』が対象の動きを察知したようだ。善返はかなり驚いた様子であった。

「なに!?あのクソリプ攻撃を受けていればもう動く気力は残っていないはずだ!」

善返は焦りながら3人の方を見つめた。

「僕たちには……ボロボロになっても……やらなきゃいけないことがあるんだ!!」

次三はよろよろと立ち上がり、倒れている田四子や翼男に手を差し伸べ、立たせてやった。

「なんだと!?あのクソリプ攻撃を受けているというのに、まだ動けるというのか!?」

善返は目を見開いて次三たちを見やった。

次三たちは善返の近くまでゆっくりと歩いていき、2m手前で立ち止まった。
























「本当すいませんでした!僕のリプライは気持ち悪すぎました!リプを送られる女の子の気持ちを全く考えてませんでした!」

「ツイート主の意図を全く汲み取らず、自分の中で曲解して勝手に怒ってました!ごめんなさい!」

「誰も聞いてないのに、他人のリプライ欄で自己顕示欲を満たすがために自分語りをしてしまってすいませんでした!」

三人は平謝りした。自分たちが普段から送っていたクソリプ攻撃を実際に食らい、自分たちのリプライがいかに他人の気分を害していたのかが分かったのだろう。3人は心から申し訳なさそうに謝っていた。

「……わかったのならまあいいだろう。これからは他の人の気持ちも考慮した上でリプライを返すようにしなさい」

「はい!!!!」

3人は元気よく返事をした。

それから、クソリプ使いであった3人は良識ある投稿を心掛け、楽しいTwitter生活を過ごしたのであった。