嘘八百日記

このブログ記事は全てフィクションです。

彼氏持ちの女子と浮気した時の話

携帯のメモリーカードの残り容量が少なくなってきたので、写真フォルダの整理をしていた。

SDカードには高校生時代の写真も残っており、整理するのも忘れてひたすら眺めてしまった。その中には文化祭の時の体育館と思われる場所で、アコースティックギターを弾く女子の写真があった。それは遠くからズームして撮られているのか、かなり画質は悪かったのだが、僕の頭には当時の鮮明な記憶が甦っていた。



当時僕は高校2年生だった。僕の志望校であった私立高校の受験で失敗し、この学校に望むものは何も無いと言っては無気力に日々を過ごしていた。

学校に行っても誰とも話さず、何もしない。そんな死んでいるも同然な生活を送っていた僕だったが、強制的に入らなければならない委員会を決める際、運悪くじゃんけんに負けて文化祭実行委員になってしまった。

高校の文化祭なんてくだらない。そう思っていた僕は当然、クラスでやっていた文化祭関連の話し合いなどにも非協力的であった。当時僕と同じクラスの文化祭実行委員であった女子には申し訳ないことをしたなと今では思っている。

文化祭実行委員の会議にもあまり参加していなかったら、体育館のステージを使う催し物のタイムスケジュール管理を任されてしまっていた。

流石にこれはやらないと不味いかと思った僕は渋々引き受けた。

文化祭当日。観客たちの熱気が鬱陶しいと感じていた僕は体育館の後ろの方でステージを眺めていた。

同じくタイムスケジュール管理を任されていた1年生がかなり優秀な人材であったため、僕は殆どすることがなかったのだった。といっても、その場にいないと後で何を言われるか分からないので、僕はただ後ろの方で突っ立っていた。

軽音部のバンドが何団体か終わった後だった。ステージに1人の女子生徒が立った。

彼女はこれまでのバンドが使っていたようなエレキギターなどではなく、アンプに繋がないようなアコースティックギターを持っていた。

高校の文化祭のステージで、彼女は異色な存在であった。それは他の観客たちも思ったのだろう。さっきまで掛け声を上げて騒いでいた彼らも静まり返っていた。

「えー、私はこれから弾き語りをさせていただきます!曲ははっぴいえんどの『12月の雨の日』です」

彼女はそんな観客たちの様子に物怖じせず、演奏を始めた。

僕はこの曲を知らない。何十年も前に流行ったフォークソングっぽかったから多分他の生徒達も知らないのだろう。それでも、彼女の伸びやかな歌声が体育館に響き渡ると、僕は心を掴まれてしまっていた。

音楽には大して詳しくもないし、普段から音楽を聴く習慣もない。けれど彼女の演奏は何か琴線に触れるものがあった。

この感動を記録しておきたい。そう思った僕はポケットから携帯を取り出し、ステージに立つ彼女の姿を写真に収めた。

彼女が演奏を終えると、会場には拍手喝采が沸き起こった。彼女は観客の方を向いてぺこり、とお辞儀してステージから去っていった。

文化祭が終わっても、僕の頭の中は彼女のことでいっぱいだった。そんな僕であったが、彼女とは思わぬ所で再会することが出来た。

放課後、塾が始まる時間まで図書室で暇つぶしをしている時だった。僕はスマホを机の上に置き、読書をしていた。

「ねぇ、このロック画面って私の写真じゃない?」

突然誰かに話しかけられ、僕はビックリしながら声の主の方を見やった。

そこにいたのは、前に文化祭でフォークソングを弾き語りしていた彼女だった。

「なんか、たまたま見た時に画面ついてて見ちゃった。ごめん!」

彼女は少し申し訳なさそうに僕に笑いかけていた。

どうやら通知が来た時にスマホの画面が起動していたらしい。まさか彼女と再び会えるとは思ってもいなかった僕はかなり慌てた。それに女子と話すことには慣れていなかったので、しどろもどろになりながら、文化祭の時の演奏が良かったから写真を勝手に撮ってしまった、ロック画面に設定してて申し訳ない、といった旨を伝えた。

「いやいや、謝らなくてもいいよ〜!そう言ってくれるのはめっちゃ嬉しい!ありがと!」

彼女はそう言うとニッコリと微笑んだ。

それから僕と彼女は放課後に図書室で顔を合わせるようになった。窓際の席に隣同士で座り、小声で彼女と話すことが僕の習慣になっていた。彼女は僕の高校生活で初めて仲良くなってくれた女の子だった。

どうやら、彼女と僕は同学年で、彼女は軽音部に所属していたが文化祭の後にやめてしまったのだそうだ。

「前からあんまり馴染めてなかったからね……まあ、弾き語りなら部活に入ってなくたって出来るし!」

彼女は少し寂しそうな笑みを浮かべて話してくれた。

僕はあまり詮索することは出来なかった。それ以上深く知ろうとするのは何だか彼女に対して失礼じゃないかな、と思ったからだ。いや、それは言い訳に過ぎない。本当は彼女に深入りすることが怖かっただけだ。

僕と彼女は付かず離れずの関係を続けていた。図書室で仲良く話はするが下校を共にしたり、どこかに一緒に出かけるといったことはなかった。前に勇気を出して一緒に帰らないか、と誘った時には、

「うーん、ごめんね。私、まだ用事があるから帰れなくて」

と断られてしまったのだった。

しかし、彼女を知れば知るほど僕は彼女に惹かれていった。放課後、図書室で彼女と会える時間が楽しみになった。

「私、彼氏いるんだよね」

彼女がそういったのは何の話をしていた時だったか。僕は何も言えずに固まってしまった。なんだかこれまで舞い上がっていた自分が馬鹿らしく思えた。

「あ、なんかごめん……今まで言ってなかったからビックリしたよね」

彼女はすまなそうに言った。僕は上手く言葉が出なかった。

その日は2人とも黙ってしまうばかりで話は盛り上がらなかった。

僕は彼女と会うのが気まずくなり、しばらく図書室には行かなかった。



何週間か経ってから、僕は参考書を借りるために再び図書室を訪れた。

彼女は相変わらず窓際の席に座って、1人で読書をしていた。以前と変わらぬ彼女の姿を見て、僕はやっぱり彼女のことがどうしようもなく好きだということに気づかずにはいられなかった。

彼女が本から目を上げた。目が合ってしまった。

「あ、来てたんだ……」

彼女は軽く微笑み、ここに座って話していかないか、と誘ってくれた。僕は了承し、彼女の隣に座った。

「私、君に言ってないことが色々あったよ」

そう言って彼女は、彼女の身の上話を滔々と語った。

彼女が付き合っていたのは同じ軽音部の男子であった。しかし、その男子のことが以前から好きだった女子は彼女に嫌がらせをし、他の女子に彼女の悪口を言っては彼女を孤立させていたらしい。

それが嫌になった彼女は文化祭のライブの後、軽音部を辞めた。しかし、彼氏とは付き合ったままだったために、放課後は彼氏の部活終わりまで図書室で待って、彼氏と一緒に帰っていた。

それだけ彼氏のことが好きだったんだね。僕がそう言うと、彼女はハッキリとは肯定しなかった。

「分からなくなっちゃった。彼に告白された時は嬉しくなかった訳ではないんだけど……」

彼女は押しに弱いタイプらしい。告白を上手く断れず、彼と付き合うことにしたのだそうだ。しかし、彼女が退部してから、彼は軽音部の他の女子とかなり親密になっているらしく、彼女と話す時も以前より素っ気なくなったと感じたらしい。

それを聞いた僕は少し救われたような気がした。本当かは分からないが、彼女が彼氏のことをそこまで好きじゃない、という言葉を聞くと僕にもチャンスがあるんじゃないか、と感じずにはいられなかった。

僕は、今日は彼を置いていって先に帰るのはどうかと尋ねた。後先考えず勢いでいった言葉だった。

彼女は少し笑って、「それもいいかもね」と言った。そしてスマホを取り出して何かを打ち込んだ。

「彼氏にLINEで『用事を思い出したから先に帰るね』って送ったよ。君も共犯者なんだからね?」

悪戯っぽい笑みを浮かべ、僕を見つめた。彼女の笑みが何だか艶めかしく思えて、僕はドキッとした。


そうして僕らは初めて一緒に帰った。女子の隣を歩くのは初めてだったので少し気恥ずかしさもあったが、何よりも喜びが大きかった。

彼女は僕と同じ方面に住んでいるようだった。僕は自転車を押しながら彼女と歩いた。

彼女と僕は、2人で図書室で過ごしていた時のように沢山話した。

最近読んだ小説のこと、好きなアーティストのこと、授業中に先生が面白い話をしたこと……会わなかった数週間を埋めるように僕たちはよく喋った。

彼女が立ち止まった。

「私はこっちなんだよね」

分かれ道の右を指さして彼女は言った。

僕はまだ彼女と居たかった。まだ彼女と話したいことが山ほどあった。そんな思いが頭の中を巡っていた。

まだ帰りたくない。僕は思わず口にしていた。

「……そっか。実は私もまだ君と話してたいんだよね」

そう言って彼女は家にこないか、と誘ってくれた。どうやら両親は仕事で遅くまで帰ってこないらしい。

僕は深くは考えずに頷いていた。家に入れてくれるということは僕を受け入れてくれるのだという気がして嬉しかった。


彼女の部屋は整理整頓されていた。あまり物が無い中で大きな本棚が目に付いた。

「古本屋に行くと毎回結構買っちゃうから、どんどん本が増えるんだよね〜」

彼女は困ったように笑っていた。

女の子の部屋に来るのはこれが初めてだったので、緊張して上手く会話は出来てなかったと思う。

彼女に勧められるままにベッドに座る。ここで彼女がいつも寝ているんだと思うと僕は何だか落ち着かなかった。

彼女はそんな僕の様子をみて、「緊張しすぎでしょ〜」と笑って馬鹿にした。


彼女と色々な話をしている中で、僕と彼女は気がつくと距離が近づいていた。図書室ではそれぞれが別の席に座ってたが、ここでは同じベッドのすぐ隣に座っていたからだ。普段より近い彼女との距離に僕はドキドキしていた。

「君、顔赤いね」

彼女が僕の顔を覗き込んだ。僕のすぐ近くに彼女の顔があるという事実は僕の理性を少しずつ削っていった。心臓がうるさい。

「僕、好きなんだ」

僕は唐突に彼女に告白していた。自分で自分が分からなくなっている。彼女に対する思いの丈を口にせずにはいられなかった。

彼女は驚いた様子であった。それから目を細めて僕を見た。

「ありがとう。そう言ってくれるのは嬉しい。私も好きだったから」

僕が彼女のことを思っていた様に、彼女も僕のことを思ってくれていた。その事実は僕を歓喜させた。

こういう時、映画や小説ではキスをしていた気がした。僕は頭に血が上り、それが最適解なのだろうと本気で思い、彼女に口付けした。

「君って意外と大胆なんだね」

キスを終えると、彼女は少し顔を赤くしながら顔をほころばせた。そこに拒絶の色は見えなかった。

彼女には彼氏がいることを、その時僕は忘れていた。いや、忘れようとしていたのかもしれない。

そのまま僕は己が情欲に身を任せ、彼女をベッドに押し倒していた。

彼女の制服を少しずつ脱がす時、僕はとんでもないことをしているな、と思っていた。

彼女が僕の前に無防備な姿をさらけ出していた。何だか全て僕の都合の良い幻想のような気がしてならない。

彼女の肌はとても柔らかく、僕の指に吸い付いてくるかのようであった。僕とは全然違う。男と女でここまで違ってくるのか。

僕が触れるたびに彼女は小さく声を上げた。それが堪らなく愛おしかった。

それからは無我夢中であまり良く覚えていない。彼女が机の引き出しからコンドームを取り出し、慣れた手つきで僕に付けてくれたことだけは印象的だったので覚えている。

僕は彼女の中で果てると、ぐったりと彼女の横に寝そべった。

「このことは誰にもいっちゃダメだからね」

彼女はそう言いながら、脱いだ服を着始めた。

僕はもう少し余韻に浸っていたかったが、彼女に倣って脱ぎ散らかした衣服を身につけ始めた。

「私たち、しちゃったんだね」

彼女がぽつりと呟いた。その横顔はどこか寂しげだった。


僕はその後、彼女に付き合って欲しいと言ったのだが、彼女が首を縦に振ることは無かった。

「ごめんね」

彼女はそう言うと心から申し訳なさそうにしていた。

「君のこと、好きだけどさ。付き合えないよ……」

僕は必死で説得し、彼女の心を動かそうとしていた。その時の僕ほどみじめでみっともない奴はなかなかいないと思う。

「私、君と付き合えるようなキレイな女じゃないからね……」

彼女はそれ以上は語ろうとしなかった。僕もそれ以上彼女に聞くことは出来なかった。僕はまたしても彼女に深入りするのが怖くなったのだった。あの時少しでも勇気を出して彼女に踏み込められれば良かったのに、と今でも後悔している。

それから僕達は次第に疎遠になり、今日に至るまで1度も会ってはいない。