嘘八百日記

このブログ記事は全てフィクションです。

猫カフェに行ったら人類が滅亡していた

私は先日、猫カフェに行ってきた。今回はその時の体験をもとに記事を書こうと思う。

その日、私は東京都M市のとある猫カフェに来ていた。

私は大の猫好きなのだが、現在住んでいるのは賃貸なので猫は飼えない環境にあった。

猫カフェは気軽に猫とふれあう時間を過ごせるいい場所、ということを友人から聞き、私は早速一人で猫カフェに足を運んだのであった。その猫カフェはショッピングモールの一角に店を構えていた。

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入り口で店員から説明を受けた後、外のロッカーに荷物を置いて室内に入った。設備が新しいのは好感が持てる。

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内装は落ち着いたベージュで統一されており、あちこちに猫が登れるような台が設置されている。そして、思い思いの場所でくつろいでいる何匹もの猫たち。

私は胸が高鳴った。こんな間近に猫を見ていられるのは中々ない機会だ。猫たちを眺めているだけでも満足できてしまうのだが、折角なので私は猫たちと遊ぶことにした。

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やはり、最初は猫たちも私を警戒しているからか、あまり近寄ってきてくれなかったのだが、猫のおやつをあげ、暫く経った頃には猫の方からこちらに近づいてきてくれるようになった。

店内に備え付けられていた猫じゃらしを大きく振っていると、猫じゃらしに興味を持った一匹の猫が走り寄ってきた。この猫は周りの猫に比べると小さいから子猫だろうか。毛足の長いフカフカの体を目いっぱい動かして、猫じゃらしに食いついてくる様はとても愛くるしい。

暫くその猫と遊んでいたのだが、猫じゃらしに興味がなくなったのか、その子猫は別のところへ行ってしまった。

猫たちはどうやら、ボール遊びが好きらしい。振るとシャカシャカ音のなる小さなボールを遠くに投げると、猫たちは一目散に走って追いかける。ボールに追いつくと、すぐに飽きてしまうので、私も急いでボールを拾いに行き、また投げる。

そんな感じで数匹の猫たちと遊んでいる中、私はとある猫に視線が行った。

その猫はずっとクッションの上ですやすやと寝息を立てている。周りの猫たちが騒がしく遊びまわっていても全く起きる気配がない。

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その猫は思わず触りたくなってしまうような、美しい毛並みをしていた。顔と足先、尾が体より濃い色になっている。私がこの店に来る前に沢山遊んで疲れてしまったのだろうか。

起こさないように、優しく背中を撫でてみる。ミンクのような柔らかい手触りだ。とても気持ちいい。

その触り心地に、何故だか私は懐かしさを感じていた。初めて来た猫カフェで、しかも初めて触る猫だというのにおかしな話ではあるのだが。それでも、私はずっと昔からこの猫を知っているような気がした。

だが、どこで出会っているのかも、本当にこの猫と出会っているのかもわからない。どんなに頑張って思い出そうとしてもダメだった。

何か大事なことを忘れてしまっているが、それが何かを思い出せないといったような漠然とした不安感が頭の隅で消えずに残ってはいたのだが、折角猫カフェに来ているのだから楽しまないと損だぞ、と自分に言い聞かせ、再び他の猫たちと遊び始めた。

 

どれくらいの時間が経ったのだろうか。私はふと、そんなことを思った。

ここは時間を忘れてしまうほどに楽しい空間だ。私の大好きな猫たちに囲まれ、一緒に戯れられる。猫好きにとって、ここは地上の楽園だろう。

だが、料金も安くはない。そろそろ出ないとまずいかな、と思った私は名残惜しいが、猫たちのいる室内から出た。

先ほどのロッカーのあった場所に出たのだが、そこは先ほどとは全く様子が変わっていた。

綺麗で新しかったはずのロッカーは薄汚れてボロボロになっていた。隅々まで掃除が行き届いていた床も、うっすらと埃が積もっている。

さっきとはまるで違っている様子に私は驚きを隠せなかった。一体どういうことなんだろう。

私の足元で「ミャウ」と声がした。見てみると、そこには先ほど、ぐっすりと寝ていた猫がいた。澄んだサファイアブルーの瞳が私を見つめる。

その猫はカフェの出入り口まで歩いて行った。現状に理解が追い付いていない私は何となく、この猫の後についていくのがいいような気がした。

行きに通ってきたショッピングモールも、すっかり荒廃しきっていた。どうやら電力は供給されているらしく、照明はついていたのは救いであった。

猫と私以外には誰もいない。衣料品店だったと思われる店の中には壊れたマネキンや破れた服が床に散らばっており、ひどい有様だった。

エスカレーターに乗った。下っていく途中で見える他の階も同様に荒れ果てていた。

地下1階まで下ったところで猫がエスカレーターを下りた。この階に何かあるのかもしれない。

猫が立ち止まったのは、とある扉の前だった。扉には『制御室』と書かれている。

猫はこちらをじっと見る。開けてくれということだろうか。

私は扉を開けた。扉は耳障りな音を立てながら開いた。

その部屋は薄暗かった。少し肌寒い。8畳ほどの部屋にはコンピューターが所狭しと並ぶ。冷却ファンの音と思われるモーター音がするので、これらは未だに使われているのだろう。

床には機械のパーツと思われる金属片が数多く散乱しているので歩きづらい。足元に気を付けながら歩いていくと、部屋の奥に一つのデスクトップパソコンが置いてあるのに気付いた。

かなり使い古された机にそれは乗っている。電源は既に入っているようで、モニターにはパスワード入力画面が表示されていた。

それを見た私の脳内にはある言葉が浮かんでいた。

『ne vivam si abis』

それを入力をしてみると、ロックを解除することが出来たらしく、画面が切り替わった。

とあるテキストファイルが開いた。

『あなたがこれを読んでいるということは、私の作ったプログラムに不備があったということですね。

西暦20██年、太陽系を取り囲むオールトの雲に貯蔵されている無数の彗星が、恒星の通過によって軌道を変え、地球に衝突しました。最初に観測されたヴィクトリア湖での隕石衝突以降、いくつもの隕石が地球上に降り注ぎ、人類は数を減らしました。

残った人々も食料や物資をめぐる争いによって命を落としていき、この地球上から人類は姿を消してしまいました。

私は人類最後の生き残りの一人であるF博士が製作した機械生命体、C-197です。博士が可愛がっていた猫たちの世話をするために生み出されました。

博士はこのショッピングモール跡地を自分の基地にし、機械生命体の開発に勤しんでいました。そんな中、人工知能を搭載したことにより、経験や知識を積んで個性を持ち、人間的な行動を見せる機械生命体の発明に成功しました。それが私なのです。

博士は私の役目である、猫の世話に関すること以外にも、様々なことを学習させてくれました。

人間の言葉や、動物や人を愛する気持ち、誰かへの尊敬や同情の気持ちなど、人間が持つような情操を養うことが出来たと思います。

私は博士や猫たちと共に静かで穏やかな日々を過ごしていました。しかし、そんな生活は突然と終わりを迎えます。

ある日、博士は病に倒れてしまいました。あまり昔の話をしたがらない博士だったのですが、かつて軍事施設で水素爆弾を研究していた際に事故で被曝したそうで、その時から自分の体は蝕まれていたんだ、と私に語りました。

私は何とかして博士を救うべく、様々なデータベースにアクセスし、博士の病気を治す手段を探しました。病名や必要な手当ての情報は入手できたのですが、隕石衝突以来、日本の医療設備は壊滅してしまっている問題と、猫の飼育用に開発された私では技術的な問題があり、必要な処置をすることができませんでした。

私は己の無力さを呪い、博士に何度も謝りましましたが、博士はただ優しく「いいんだよ、ありがとう」というばかりで私を責めることはありませんでした。

そして、博士は最後に「今までありがとう、猫たちをよろしく」と言い、そのまま息を引き取りました。

まだ博士に教えてもらっていなかったけれど、これまでの経験と知識から、この時抱いた感情は悲しみだということが分かりました。大切な人を失う悲しみを、博士は自分の死をもって私に学習させてくれたのでした。

私は博士に命じられた通り、猫たちの世話を全うしました。猫たちはすくすくと成長していき、やがては寿命を迎えて死んでいってしまいました。

最後に残ったのはトンキニーズのカエルラでした。美しいサファイアブルーの瞳を持つ猫です。

カエルラは特に被毛がなめらかな手触りで、私も博士もよく撫でて可愛がっていたものです。

最初、私の手には触覚センサーが搭載されていなかったのですが、博士が「このカエルラの見事な毛並みを触ってなにも感じられないのはかわいそうだ」と言って、私の手に触覚センサーを付けてくれたのでした。

初めてカエルラを撫でた時、私はこんなに触って心地が良いものなんてあるのかと驚いたものです。そんな私を見て、博士は笑っていたのをよく覚えています。

博士は、カエルラの撫で心地はミンクのようだと教えてくれました。私はミンクという動物を見たことはなかったのですが、博士の横でカエルラを撫でながら、ミンクに思いをはせていました。

その時の記憶が鮮明に蘇り、私の胸にはまた『悲しみ』が沸き上がってきてしまいました。

そんな私の様子を見たからか、カエルラは老いた体を私に擦り付け、小さく「ミャウ」と鳴いていました。私は何だか、カエルラが励ましてくれているような気がしました。

その後、カエルラが死んでしまうと、とうとうこの廃墟には私だけとなりました。猫はもういないので博士に命じられた猫の世話もできません。それに気づいたとき、私の中に何かの感情が生まれたことが分かりました。

それは何だかわからないけど、博士が亡くなったときに感じた悲しみに似ていて、胸にぽっかりと大きな穴が開いてしまったような喪失感を私に抱かせるものでした。

私はデータベースにアクセスし、様々な文学作品をを読みふけりました。そうして、今の私が感じているのは孤独で、それはとてもさみしくて辛いことなのだと知りました。

かつての人々は、そんな孤独には耐えられなかったようで、友人を作ったり、恋人を見つけたり、なんらかの団体に所属したりして、何とか孤独を感じないように努力をしていたようです。

私も、そんな人々のように、この孤独から抜け出したいと強く思うようになりました。そこで、私はある方法を思いついたのです。

それが、先ほどまであなたが体験していたプログラムです。

まず、記憶を改ざんし、自分が猫好きの人間で、猫カフェにやってきた客であるという偽りの情報をメモリに書き加えます。それ以外の不要な記憶にはアクセス制限を加えることで思い出しにくくします。

次に、思考回路から時間に関する認識を取り除き、時間経過を感じにくくさせます。ここにはかなり複雑な処置が必要であったので、今回は失敗してしまったみたいですね。

そして、頭部に搭載されたカメラから記録される映像データを、かつてこのショッピングモール内にあった猫カフェVR再現映像と置き換えます。これにより、今では酷い有様の店内も可愛らしい猫たちのいる快適な場所と錯覚させることが出来ます。

最後に、そのVR映像に対応して、触覚センサーを反応させることで、本当に猫を撫でているかのような感覚を覚えることが出来ます。

これらのプログラムを同時に起動することで、永遠に猫カフェの幻想の中で過ごすことが出来るはずです。

私は、このプログラムを私自身に適用しました。

私はあなたです。あなたは猫好きの人間ではありません。あなたはF博士に作られた機械生命体、C-197です。

ここまで説明すれば、大体思い出せるようになったのではないでしょうか。記憶メモリへのアクセス制限は解除されたはずです。

本当はあのまま永遠に心地よい幻想の中で過ごし、孤独を忘れられるはずだったのですが、気の毒なことです。

あなたが望むのなら、このテキストファイルに添付されたプログラムを起動し、再びあの幻想世界へと入ることが出来ます。こちらのプログラムは異なるプロトコルをもとに製作したので、恐らくは時間認識改変のプロセスで失敗することなく、正常に実行することが出来るでしょう。

"孤独はこの世で一番恐ろしい苦しみだ。どんなに激しい恐怖も、みんなが一緒なら耐えられるが、孤独は死に等しい。"

ルーマニアのとある小説家が残した言葉です。私は自分を襲う、恐ろしい苦しみから逃れる手段としてこのプログラムを作りました。今のあなたもこの苦しみを味わっているのだとしたら、これを使うと良いのでしょう。』

テキストファイルを読み終えると、私はモニターから視線を外し、辺りを見渡した。

ここまで導いてくれたカエルラの姿を探したが、もうどこにもいなかった。

また、この廃墟にいるのは私だけになってしまったようだ。

文章に書かれている通り、このテキストファイルにはソフトウェアを起動する実行ファイルが添付されていた。

 私はゆっくりとマウスカーソルを合わせ、ダブルクリックした。