嘘八百日記

このブログ記事は全てフィクションです。

異常独身男性の憂鬱①

俺は自分が異常独身男性という自覚がある。

彼女いない歴=年齢、特定の友人もおらず、女性に相手されたことも無い。

明確な定義がある訳では無いが、その自覚がある以上、俺は異常独身男性なのだ。

今回はそんな俺が巻き込まれた、ある事件について書こうと思う。

とある"視線"を意識し始めたのは、街中に寒風吹き荒ぶ12月の暮れだった。

俺は仕事で疲れた体を癒すべく、湯船に浸かっていた。

寒さで強ばった体がじんわりとほぐれていく感覚を抱きながら、どこを見るでもなくぼうっとしていると、ふと、背中に何かを感じた。

それは視線だ。いるはずのない何者かに見られているような心持ちで、自分の意識が自然と後ろに向いてしまう。

俺は背後を振り返った。すぐ後ろには樹脂パネルの壁があるだけで、勿論誰もいない。

気のせいだ。よくあることだと、そのときは思った。例えば、何か良からぬことをしている時。

あまり褒められたことをしていないな、と自分の行為に対して後ろめたいと思う部分があれば、そこから"視線"が生まれる。

誰かに見られているんじゃないかと本能的に恐怖を感じるせいだろう。だから今回もそれに近いものだと自分を納得させた。

それから暫く、誰かに見られているような感覚を持つことが増えた。

在宅勤務中、一人で黙々とパソコンに向かっている時。朝起きて、洗面所で顔を洗う時。視界の外に何かの視線を感じるのだが、振り向いても誰もいない。

気のせいにしても、これまでより圧倒的に回数が多い。もしや自身の精神状態に異常があるのか、と考えてしまうほどだった。

そんな日が続いたある日。その日は休日で、気分転換に大掃除をしようと思い立ったのだった。

衣類などをしまう収納棚の上には、整髪料や積ん読、棚に入り切らなかったセーターや下着などが雑多に置かれ、絶妙なバランスで積み上がっていた。

きちんとしまうのが面倒臭くて、適当に置いてそのままだからかなり見栄えが悪い。もう何年もそんな感じのまま放置していたから、流石に片付けようと手をつけた途端、俺の怠慢で出来た山はガラガラと崩れ落ちてしまった。

「やっちまったよ……」

思わず独りごちる。ため息をついてから、床に散らばった物たちに視線を向けると、その中に見慣れない物があることに気づいた。

それは1センチ角の黒い立方体だった。拾い上げてみると、裏にはカメラのものと思わしきレンズが付いている。

それは小型カメラだったのだ。自分でそんなものを用意した覚えはない。俺の知らない間に何者かが侵入し、これを仕掛けたのだろうか。でもいい歳した男の家を盗撮して一体何になるというんだ。

俺はそのカメラに薄気味悪さを覚えると同時に、困惑をしていた。

その時。

ピンポーン

来客を知らせるチャイムが鳴った。こんなタイミングだから、心臓が止まるかと思った。

「こんにちはー! 佐藤様のお宅ですよね? 佐藤猛志様はいらっしゃいますでしょうか? 」

年季の入ったインターホンの画面を見ると、スーツを着た小柄な女性が佇んでいるのが色あせた画面に映っていた。誰なのかは分からないが、佐藤猛志は俺のフルネームに違いない。

名前負けだの、名前と人物のギャップが激しいだの、散々言われてきた俺の名前。子供の頃程ではないが、確かに俺の性格とはあまりに不釣り合いだと今でも少し不満に思うことはある。

しかし。そんな俺のフルネームを知っている人物が一体何の用だろうか。保険か宗教の勧誘と思ったが、それなら俺の名前を知っているはずがない。

「どちら様でしょうか」

「私は、───委員会の村雨と申します。本日は佐藤様にお伝えしたいことがあって伺わせて頂きました」

インターホンが壊れ掛けだから、丁度ノイズが入ってしまって委員会の前に何が付くのかは上手く聞き取れなかった。

よく分からないが、委員会というのなら恐らく何かの行政の人なんだろう。そう推測した俺は、とりあえずドアを開けた。

そこに立っていたのは、インターホンの映像通り、小柄な女性だった。

幼さの残る顔立ちとジャケットにタイトスカートといったカッチリとした服装で若干のちぐはぐさがあったが、そこが良い。

「こんにちは。私、異常独身男性監視委員会の村雨と申します。本日はどうぞよろしくお願いしますね」

あどけない童顔に柔らかな笑みを湛えながら、彼女──村雨さんは小さくお辞儀をした。
(つづく)