村雨さんの服を買い終えた俺たちは店を出た。
「私の買い物にお付き合いいただきありがとうございます」
「いえ、 俺が役に立ってたのかどうかって感じでしたけど…… 」
俺がしたことといえば、新しい服に着替えた村雨さんを眺めて呆けることぐらいだったのだが。それにしても、あの服の破壊力は甚大なものだった。小柄で可愛らしい村雨さんにとって、ガーリーな服装はまさに鬼に金棒といったところか。
「佐藤様が感想を言ってくださったお陰でこういう服を買おうと思えました。 正直、自分ではこういった系統の服は中々選ばないので…… 」
少し恥ずかしそうに、彼女は微笑む。
「まあ、お役に立てたのならよかったです」
そんな彼女を見てると、何故だか俺まで照れくさくなってしまったので視線を横に逸らした。
「それじゃ、村雨さんの服を買えたので…… 」
「あの…… 」
帰りましょうか、と言おうとした時、村雨さんも何かを言おうとしていた。
「あっ、すいません」
「いえ…… 」
気まずい沈黙が流れる。先に言葉を発したのは村雨さんだった。
「せっかくなので、佐藤様の洋服も見に行きませんか? 」
「えっ、別に俺のはいいですよ…… 」
こんな洒落たビルの服屋は入りづらいし、ましてやそこで店員とコミュニケーションをとって服を買うなんて芸当が今の俺にできるとは到底思えなかった。
「でも、私も佐藤様の洋服を一緒に探したいです。 ダメですか? 」
村雨さんは少しうるんだ目で俺を見つめる。上目遣いに小首を傾げる様はいじらしいの一言に尽きる。こんな顔で頼まれれば、どんな頼みでも首を縦に振るしかないだろう。
俺は小さくため息をついた。
「…… そうですね、せっかくですし見てきましょうか 」
「ええ、そうしましょう! 」
村雨さんは勢いよく頷く。 なんだか嬉しそうだ。
メンズファッションを取り扱うフロアはこの階の上にあった。
エスカレーターに乗って上に登る。先に村雨さんが乗ったので、俺は一段空けて後ろに乗った。
だが、村雨さんは何故か一段降り、こちらににっこりと微笑むと、当たり前のように俺のすぐ前に乗ったのだった。急に縮んだ距離に、俺は思わずドギマギした。
村雨さんは女性の中でもかなり小柄で、俺より一段上に乗っているというのに俺の身長を超えることはなかった。彼女のボブカットの黒髪が俺の目の前にある。地毛なのだろうが、真っ黒というわけではなく、少し明るめの細い黒髪は見るからに柔らかそうで、思わず触ってしまいたくなる。それに、何の匂いか分からない甘やかな香りが漂ってくる。
「男性の服屋さんには入ったことがないので、少し楽しみです」
村雨さんが振り返る。俺は彼女の後姿をじっと見ていたことを悟られたくなくて、思わず目を逸らしてしまった。
「あ、そうなんですね。 ええ、そうですよね」
エスカレーターに乗ってる間に話しかけられるとは思ってなかったので、要領を得ない返答になった。
そんな俺に対しても、村雨さんは嫌な顔一つせずに接してくれた。気の利いた事も言えず、話術に長けているわけでもないから、村雨さんを楽しませられていないはずなのだが。
次の階に着いた。これまで見てきた階は、階ごとに似たような雰囲気の店が集まっていたのだが、それとは違ってカジュアルな服からフォーマルな服まで、幅広い系統のアパレルがこのフロアに立ち並んでいた。メンズファッションの店はこの階に集約されているからなのかもしれない。
「あっ、ここなんてどうでしょうか」
村雨さんが指さすのは、革のライダースに派手な柄のシャツを合わせたマネキンだった。
「いや、絶対こんなの俺には似合わないです」
野性的で体格の良い男性になら似合うのかもしれないのだが、俺みたいな人畜無害そうな男がこんな服を着ても、服に着られているようにしか見えないだろう。
「そうですか…… 佐藤様に似合うと思ったのですが」
村雨さんはいかにも残念といった感じでうなだれた。お世辞だと思うのだが、あまりにも自然な態度なので、もしかすると本気で言っているのかと思ってしまう。だが、それがお世辞なのかどうかは確かめる気にならなかった。
その店以外にも、ジャケットやスラックスなどのビジネススタイルを取り扱う店やストリート系ファッションの店もあったが、入りづらいので素通りした。
俺みたいな垢ぬけない男でも何とか入れそうな店を見つけた。誰が着てもそこまで失敗しなさそうな、着丈に余裕のあるセットアップが店頭に飾られている。ストリート系のようにカジュアル過ぎず、かと言ってスーツのようにフォーマル過ぎない、良い塩梅の服装のように思える。
「ここならいけるかもしれない…… 」
「いいですね! じゃあ入ってみましょう」
店内はモノトーン調で統一され、洗練された雰囲気を醸し出している。店員も他の客も着ている服は皆洒落ているので、俺が場違いな気がしてやはり居心地が悪い。そんなことを考えながら体をこわばらせていると、後ろから店員に話しかけられた。
「あー、そのシャツは今年結構売れてるんですよ」
どうやら俺が、目の前にあるシャツに関心を寄せているのだと勘違いしたらしい。営業スマイルを浮かべる彼は紺のジャケットにキャップという、一見アンバランスだが不思議と調和のとれたファッションをしている。
「あっ、あぁ、そうなんですね…… 」
急に話しかけられて驚いた俺は肩をびくつかせ、消え入りそうな声で返答した。
「良ければ試着もできますので、その時はお声がけください」
挙動不審な俺を見ても笑みを崩すことなく、ゆったりそう言うと彼は別のところへと行ってしまった。
情けない。彼は見るからにまだ20代前半で俺より年下だろうというのに、おどおどした態度でしか対応できないなんて。それに横には村雨さんがいる。
彼女の方を向いてみると、侮蔑混じりの笑みを浮かべていた…… ということはなかったが、相変わらず口元に笑みを湛えながらこちらを不思議そうに見返すだけであった。
「佐藤様、どうかなされましたか」
「いや、別に…… 」
村雨さんから軽蔑されればどんなに楽か。こんなに普通の態度で接されると、己の心に巣食う劣等感の蠢きをじっくりと味わわないといけないので、かえって胸が苦しい。
周りを見てみると、服を見に来ている若い男女のカップルや店頭に飾ってあったシャツを上手に着こなす店員、先ほど話しかけてきた店員が目にとまった。 その誰もが洒落ていて、自分のファッションに自信ありげだ。彼らは俺のことを見て、嘲笑っているような気がする。 勿論、そんなのは被害妄想に過ぎないのだが、今の俺にはそれが何よりも正しい事だと思えてくるのだ。
手が震え、汗が止まらない。 俺は彼らを視界に入れないよう、俯いた。
「……すいません。俺、ちょっと気分悪いんで」
本当は、体は健康そのものだった。取ってつけたような理由であるのはよくわかっているのだが、これ以上みじめな気持ちになりたくなかった。一刻も早くここから立ち去りたかった。
俺は村雨さんの方を見ずに、早足で店の出口へと向かった。
変な汗が出て、背中がじっとりと冷たい。そのことに気が付くぐらいに落ち着いてから、村雨さんを店に置いてきてしまったことに気づいた。
「佐藤様、大丈夫でしょうか? 」
振り返ると、すぐ後ろに村雨さんがいた。どうやら何も言わずについてきていてくれたらしい。
様、をつけて俺を呼ぶ村雨さんに、すぐ近くをすれ違った人が怪訝そうな顔でこちらを見た。恐らく村雨さんの声が聞こえたのだろう。
「気分が優れないのなら、どこかで一旦休みましょうか?」
心配した様子で、彼女は俺の顔を覗き込んだ。
「あっ、いえ、大したことはないので」
彼女に気を使わせてしまっている申し訳さで、胃がキリキリと締め付けられるようだ。
「そこにベンチがあるので、少し休憩しましょう」
村雨さんは、休憩所の中にある二人掛けのベンチを示す。 机やベンチは木目調で統一されており、ご丁寧に休憩所の部分の床だけフローリングになっている。かなり洒落た休憩所であった。
俺は無言でうなずき、村雨さんと少し距離を置いて腰かけた。
「…… 置いて行ってしまってすみません」
「いえ、大丈夫ですよ。 それより、佐藤様の方が心配です。顔色も悪いみたいですし…… 横になった方が楽だったりしますか? 良ければ膝枕もいたしますよ」
村雨さんは自分の太ももをポンと叩いた。
「あっ、いや、本当に大したことないので」
俺は慌てて首を横に振った。ワックスを塗りたくった自分の頭が、村雨さんの服に触れるなんてもってのほかだ。そうじゃないにしても、彼女の恋人でもないのに膝枕をしてもらうのは許されないことだろうし、公共の場で女性に膝枕してもらうのはかなり恥ずかしい。
村雨さんは、「間違っていたら申し訳ないのですが」と前置きをしてから話を始めた。
「佐藤様が今気分が優れないのは、精神的な問題だったりするのでしょうか。 佐藤様はあのお店に入ってから、とても緊張されていたように見受けられました。 ですので、ひょっとしたら体というよりは心の調子が悪くなってしまったのかな、と思ったのです」
図星だった。 村雨さんの言うとおり、普段なら絶対に入れないような店に行って緊張しすぎた結果、その場にいるのが嫌になって店を出てしまったのだ。
これが俗にいう、"女の勘"というものなのか。 女性は男性より、人間の感情の機微に敏感だと聞いたことがあった。無論、俺は考えていることが表に出やすいので、それもあるのだろうが。
「私、佐藤さんの力になりたいんです。 誰かに話すだけでだいぶ心が軽くなることもあると思います。 良ければ話していただけませんか」
村雨さんはそういうと、まっすぐに俺の目を見つめた。その目を見ていると、俺の心の中にある醜い羞恥心までもを見抜かれてしまいそうに思えたので、目を逸らしてしまった。
俺は逡巡した。 あの店で俺が思ったことを正直に伝えてよいものなのかと。 村雨さんはいつになく真剣な顔で俺を見るばかりで、他には何も言わない。
少しの間、二人の間に沈黙が訪れた。
「その、本当にくだらないことなんですけど…… 」
先に沈黙を破ったのは俺だった。 村雨さんにここまで言ってもらえているのに、ここで何も言わないのは不誠実な気がしたのだった。 全てを正直に話せるほど俺は素直ではなかったが、今の心情をかいつまんでなら話せると思った。
「俺はあまり今の自分に自信があるわけではないんです…… 特に、ファッションセンスとかの外見的な部分が、人より劣っているとは普段から思っているんですが、さっきのお店では店員さんも、来ている客もみんなお洒落で…… 自分がこのお店にいてもいいのか、浮いているんじゃないかと周りの目が気になったんですよ。 それでいたたまれない気持ちになって、店を出ちゃった感じです」
思ったよりスラスラと言葉が出た。 俺が話しやすいように、村雨さんがこちらを見ずに前を見てくれていたおかげかもしれない。
村雨さんは「そうでしたか」とつぶやき、こちらに向き直った。
「その気持ち、すごくよくわかります。私も自分に自信が持てないタイプなので…… でも、佐藤様はそんな自分を変えようとしていると思うんです。 今日の髪型はご自分でセットなさってますよね」
「はい…… へたくそですが」
「最初はだれしも上手くいかないものですよ。 佐藤様が私とのお出かけのために髪型に気を使ってくださったのは、とっても嬉しいです! 」
村雨さんはにっこりと微笑むと、そのまま話を続けた。
「そうやって、佐藤様は今の自分よりも良い自分に変わろうとしています。 それはとても凄いことです。 変わるというのは、相当なエネルギーを必要としますし、誰にでもできることではないと思います。 きっかけがなければ、そもそも変わる必要性に気づくことができずに一生を終えしまう人だっています。 だから、今の自分に自信は持てなくても、今の自分から変わろうとしていることに自信を持てたら、少し気持ちが楽になるかもしれませんね」
そう言い終わると、村雨さんは優しく俺に笑いかけてくれた。
村雨さんの言葉は、不思議と俺の心にすっと入ってきた。 彼女の話し方がそうさせるのか、言葉選びがそうさせるのかは分からなかったが、確実に言えるのは彼女のその言葉によって、俺の心が少しだけ軽くなったということだ。
「自分をよりよい方向に変えたいと思っている佐藤様は、とっても素敵だと私は思っております。 なので、どうか気負いすぎないでください」
村雨さんは俺の手の上に自分の手をそっと重ねた。 俺の手に比べるととても小さく、華奢な手だ。彼女の手から伝わるぬくもりが、少しずつ俺の心を優しく解きほぐしていくようであった。
いつもだったら、女性の手に触れたとなれば緊張と気恥ずかしさでどうにかなってしまうと思うのだが、今はとても静かな、心からの安心感を覚えていた。
「あの、俺、村雨さんのお陰で少し元気になれました。 本当にありがとうございます」
村雨さんと話していると、さっきまでのみじめな気持ちは薄れ、少しだけ心が暖かくなった。 自分1人だったらもっと落ち込んでいたはずだ。
「そうですか! 良かったです!」
村雨はうんうんと頷いて、嬉しそうに微笑んだ。
しばらく、そのまま二人とも黙って座っていた。 こうやって村雨さんと二人、並んで座っていると、街中でたまに見かける、完全に二人の世界に入り込んでいるカップルたちの気持ちが少しだけわかるような気がする。
「あの、2つほどお願いなんですけど……」
俺は村雨さんに話を切り出す。
「はい、何でしょうか?」
「その、佐藤様、と呼ぶのをやめてほしいです…… 俺、そんな偉くないし、なんか恥ずかしいです」
前から思っていたことだったのだが、先程休憩所に入る前にすれ違った人の反応もあって、この機会に様付けで呼ぶのをやめてもらおうと思ったのだった。
「そうでしたか…… わかりました! これからは何とお呼びすればよろしいでしょうか?
」
「そうですね…… 普通にさん付けですかね……?」
「了解しました! これからは佐藤さん、と呼ばせていただきますね! 」
村雨さんは笑顔で頷いた。
「それで、二つ目は何でしょう」
「えっと、これ言うのはなんか申し訳ないんですけど、そろそろ手をどけてもらってもいいですか? ちょっと恥ずかしくなってきまして…… 」
村雨さんが俺を元気づけてくれた時に、俺の手に彼女の手を重ねてくれていたのだった。まだ手をそのままに重ね合っていたせいか、先ほどから、俺たちの座るベンチ前を通り過ぎる人たちがこちらをチラチラ見ているような気がするのだ。
ちょうど通り過ぎた男二人組がボソッと「バカップルかよ…… いちゃつきやがって」と呟いているのが耳に入った。村雨さんもさすがにそれで気づいたのか、顔を真っ赤にして、慌てて手を引っ込めた。
「す、すみませんっ! 私、気づかなくって…… 」
耳まで赤くなって恥じらう村雨さんは、年頃の少女のような初々しさが感じられて可愛かった。
「いえ、こちらこそすみません…… 」
お互いにぺこぺこと謝り合い、それで余計に周りからの注目を集めてしまうのだが、その時はそこまで気が回らなかったのだった。
ベンチでしばらく休んだ後、俺と村雨さんはこのデパートを出るためにエスカレーターで下に降りていった。 駅と繋がっている階まで下りようとしたが、途中でエスカレーターの接続がなくなったので、さらに下へ下りるエスカレーターを探しにそのフロアを歩き回った。
「あっ、このお店をみてもいいですか」
村雨さんはある店の前に立ち止まった。
どうやらこの店はアクセサリーを売ってる店らしい。キラキラしたピアスやネックレスが並ぶ狭い店には女性客が数人おり、思い思いにアクセサリーをみていた。
「全然大丈夫ですよ。 入ってみましょう」
このお店も、女性客が多くて少し気まずいが、村雨さんが見たいというものを断る理由もないだろう。
「ありがとうございます! 」
そうお礼を言うと、村雨さんは店頭に飾ってあるアクセサリーをじっくりと見始めた。
俺もそれに倣い、村雨さんの横から眺めていた。 ピアスやネックレスはどこに付けるものかは分かるが、中には見ただけではどんな使い方をするのか分からないものもあった。この湾曲した薄い金属パーツに簪のような細い棒が刺さっているこれはどういう使い方をするのだろうか。
村雨さんは俺に気を使ってか、割とスムーズにアクセサリーを見て行っていたが、とある所で立ち止まった。何か気になるものでもあったのだろうか。
村雨さんの視線の先を見てみると、そこには台紙の付いたネックレスがいくつか立てて飾られていた。どれもキラキラとした小ぶりな飾りが1つ付いている。
「何か気になるものでもあったんですか?」
「あ、はい、これがキレイだなと思って」
村雨さんの指さす先には、小さな薄紫色の花の飾りが付いたペンダントが置いてあった。これは紫陽花の花だろうか。銀色の細い鎖に繋がったそれは、女性らしい可憐なデザインだった。
彼女は鏡の前でそのペンダントを首にあてがい、じっと見ていたが、
「これ、私に似合いますかね……? 」
小首をかしげ、俺の方を見た。
村雨さんの華奢な白い首元には、上品な紫陽花がよく映えていた。 柔らかで繊細な雰囲気のある彼女にぴったりだ。
「すごくいいと思いますよ 」
俺は素直に思ったことを伝えた。
「ありがとうございます!これ買ってきます! 」
村雨さんはニコニコしながら、カウンターの方へ向かおうとした。
「あっ、ちょっと待って下さい! 」
俺は村雨を急いで引き止めた。
「何でしょうか?」
「それ、俺に買わせて下さい」
ひょんな思いつきだった。 先程も村雨さんに助けてもらったし、普段から俺みたいな人間に対しても温和に接してくれる彼女へのお礼になればと思ったのだ。
「いえ、でも申し訳ないですよ」
「いいんです。 俺、さっき村雨さんに迷惑かけちゃったので」
「そんな……!私、迷惑だなんて思ってませんよ」
「俺に買わせてください」
村雨さんの持つネックレスを取り、俺はレジへ向かった。 感謝の思いがほとんどだったが、やはり俺も男なので、カッコつけたかったという部分も少なからずあった。
会計でそのネックレスの値段を聞いて、思ってた値段より数千円高いことに驚いたが、迷わずに会計をした。
クレジットカードで精算してもらうため、トレイの上にカードを置いた。
「カードですね。 ……あれ? 」
店員が困ったような声を出した。
「お客様、こちら保険証かもしれないです」
トレイに置いたカードを見やると、確かにクレジットカードではなく保険証が置いてあった。 カードと保険証は財布のすぐ近くに入れていたので、よく見ずに出した結果間違えてしまったようだった。
「うわっ! すみません!」
俺は慌ててクレジットカードを出した。
格好悪い。 村雨さんのいる手前、見栄を張ってプレゼントしようと思ったらこれか。 顔が熱く、鏡をみずとも自分が赤面しているのがよくわかった。
「時々、カードと間違えて免許証とかを出すお客様もいらっしゃいますよ」
店員は優しくフォローしてくれたが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
村雨さんはというと、相変わらずの様子でニコニコとこちらを見ているだけだった。
「いや、ほんとすいません」
俺は気恥しさを拭えないまま、カード決済をしたのだった。
「ネックレス、ありがとうございます」
村雨さんがぺこりとお辞儀をした。
「いえ、村雨さんにはいつもお世話になっているので……」
「これ、大切にしますね」
ネックレスの小包を胸に抱きしめて、見ているこちらまで嬉しくなってくるような華やかな微笑みを浮かべていた。
(つづく)