今日の朝、少し嫌なことがあった。
大学に登校する道の途中、人が2人並んでやっと通れるほどの細い歩道があった。
僕はいつものようにそこを歩いていたところ、向こう側から男子高校生3人が歩いてきた。完全に横並びというよりは、 端にいる1人が他の2人の少し後ろに続いて歩いているといった感じだ。
彼らとすれ違おうと僕は端に寄ったのだが、端にいた男子高校生が後ろに行ってくれなかったため、その男子と僕は肩がぶつかった。
僕は「すみません」と言ったが、ぶつかった男子高校生は一言も謝らず、そのまま行ってしまった。
ついつい悪態をつきたくなったが、何とか堪えた。
あの男子高校生のせいで頭の中は苛立ちでいっぱいだ。 まあ、朝が苦手ということもあり、元から機嫌が悪かったというのもあるが。
だが、ここで少し考えてみた。 男子高校生が僕とすれ違うために端に寄らなかった理由を。 普通なら、向こう側から人が来ればその人を避けて歩こうとするだろう。きっと彼には何か異常事態が起きていたに違いない。
1人の男子高校生が他の2人に少し遅れて歩いていたことから、あるストーリーが組み立てられた。 端にいた男子を山田、他の男子を佐藤と鈴木と名前をつけ、3人の関係性を想像し、心を落ち着けようと試みた。これがよく言うアンガーマネジメントというやつだろう。
「てか、昨日の東海の動画みた? 」
「みたみた! あれヤバかったよな」
「てつやがさ〜 マジヤバかったよな!!」
登校道の途中、佐藤と鈴木は最近よく観ているYouTuberの話で盛り上がっている。この2人は気が合うのか、いつも楽しそうに話している。
山田はそんな2人を少し後ろから見ていた。
山田、佐藤、鈴木は同じバレー部に入っており、登校に使う電車も同じことから3人で登下校をするのが当たり前となっていた。
だからといって3人全員が仲良しか、というとそうでもなかった。
山田は自分がこの3人の中で浮いていることをよく自覚していた。 彼ら2人に比べ、山田は少し卑屈で垢抜けず、興味のあるものも2人とは全く異なっていた。
本当は1人で登校した方がましだった。 だが、同じ部活に入っているということもあり、『1人で登校したい』と言えば波風を立ててしまいそうだったので中々言い出すことができなかった。
山田は少しでも2人と距離を近づけようと思い、2人がよく見ているYouTuberの動画も見始めたし、2人がよくやるゲームもプレイしてみた。
「お、俺もその動画みたわ。 ゆめまるがキモかったよな!!」
山田は思い切って2人の会話に入ってみた。
「…… え、そうか? 」
「別にそうは思わなかったけど」
「あ、そっか…… 」
2人は山田の発言に対して、微妙な反応だった。 その後も2人はあれこれ話題を変えながら、会話をしていた。
「鈴木、最近APEXやってんの? 」
「俺はVALORANTやってる」
「それ、APEXのパクリゲーじゃん! 」
今だと思った山田はすかさず返す。 だが、鈴木と佐藤の反応はイマイチだった。
「……あぁ、まあそうかもな」
また失敗した。 どうしよう。 山田は焦る。
そもそも山田は人と会話することが不得手であった。 他者と話す際にどんなことを言えば会話が繋がるのか、場が盛り上がるのかがよく分からない。分からないから、他人と感情を共有しやすいであろう悪口を言っておけば何とかなる、と無意識的に判断していた。
だが、そういった発言が周りを嫌な気持ちにする場合もあることまでは分かっていなかった。山田はコミュ障だったのだ。
頑張って2人の話について行こうとすれば空回り。 この2人との距離は埋まらない。どう足掻いても2人のようにスムーズな会話ができない。
今の自分はあまりに惨めだ。 必死で2人について行こうとすればするほど上手くいかない。 でも、何とかして仲間に入れてほしい……
1人にしないでほしい。 自分1人だけ置いていかないでほしい。
山田は2人の横に並べるよう、無意識に早足になる。
その時。
どん。
山田は周りが見えていなかった。 対面に人が居ることに気が付かず、すれ違いざまに肩がぶつかってしまった。
「すいません」
肩がぶつかった男性は謝ってくれたが、山田は咄嗟に言葉が出ず、謝ることが出来なかった。
そのまま男性は去っていった。 男性とぶつかったことで、山田は冷静になった。
本当に、何をやっているんだろう。 自分が情けない。
山田は空回りする自分の惨めさとぶつかった男性への罪悪感、どうやっても2人についていけない劣等感で頭の中がぐちゃぐちゃになる。 いつもの通学路が色あせてみえた。
以上が、僕の考えたあの男子高校生にまつわる話だ。こういう事情があるのなら、さっきぶつかった男子のことも許せる気がする。 きっと向こうには余裕がなかったのだ。だったら仕方がない。これ以上イライラしていてもしょうがないだろう。
いま、僕の心はウユニ塩湖のように澄み渡っている。僕のように、しょうもないことを考えるのが好きな人には、苛立ちを抑えるための方法としてこれをオススメする。