嘘八百日記

このブログ記事は全てフィクションです。

閉鎖病棟入院記①

〇まえがき

この日記は、数日前から精神病院の閉鎖病棟に入院している私が、日付感覚を忘れないように書いていくものだ。スマホが使えるようになったのが5日目だったので、5日目の日記から始まる。

なお、嘘八百日記の趣旨に沿い、この日記はいくつかフェイクが混ざっている。 どこが嘘でどこが真実かを考えながら読むのも面白いかもしれない。 だが、答え合わせをする予定はない。

 

6月28日(火)

閉鎖病棟に来て5日が経った。 ここは明るくて穏やかで、何も無い。 スマホをやっと使えるようになったので、今日から日記を書いていこうと思う。

昼食の時、食堂でご飯を食べていると、同じ病棟の柴田さんという50代の男性患者が看護師に叱られていた。

どうやら彼は出されたお茶を、コップからご飯を食べ終わった茶碗に移して飲んでいたらしい。そんな飲み方は行儀が悪いと叱る看護師の注意の中で、「お里が知れますよ」という言葉が出てきていた。

昭和の小説の中ならいざ知らず、令和の現代においては、その言葉はどこか時代錯誤で、埃すら被ってそうなほどの古めかしさを感じずにはいられなかった。

柴田さんは「はい」とだるそうに返事していたが、その後も茶碗から茶を飲み続けていた。

柴田さんはよく、ズボンのおしり側に使いかけのトイレットペーパーを挟んで病棟内をのそのそ歩き回っている。  その様子から、おしりから出ているしっぽのような便所紙と相まって、ウルトラマンに出てくるゴモラとかブラックキングのような、ひょろりと長いしっぽのある怪獣の姿を連想してしまう。

 

午後には両親との面会時間があった。スマホを始めとした生活用品や衣類、洗面用具や暇つぶしの為の文庫本数冊を持ってきてくれた。 

「そういえば、昨日久瀬さんが家にきたぞ」

父は少し嬉しそうに言った。

久瀬さんは僕が大学1年生の頃からお付き合いをしている女性だ。 付き合って今年で5年になる。

彼女とは、先週の土日に会う予定があったのだが、僕が先週の金曜に自殺未遂をしてしまい、そこから精神病院に強制連行されたため、彼女にはしばらく入院するという旨を伝えていなかった。 金曜以降、僕に電話しても繋がらなかったことに心配し、わざわざ実家まで足を運んでくれたそうだ。

「いい子だし、本当に可愛らしい子だったね」

と、気難しい母が珍しく久瀬さんをべた褒めした。

両親と久瀬さんが顔を合わせるのはこれが初めてだったのだが、両親はすっかり久瀬さんを気に入ったようだ。

何だか嬉しいような、こそばゆいような、そんな浮き足立った気持ちになってしまった。

明日、電話の許可が主治医から正式に下りたら、久瀬さんに電話しようと思う。