嘘八百日記

このブログ記事は全てフィクションです。

クラスメイトと浮気した後に飛び降りた話

「ねぇ、わたしと浮気したの、後悔してる?」

小首をかしげながらそう尋ねるのは、私と同じクラスの女子生徒、ユマだ。

彼女は曖昧な返答をとても嫌う。それはこの数カ月間で知ったことだった。だから私は、彼女の黒目がちな瞳を見つめ、「してない」とだけ答えた。

「ふーん、そう」

ユマはつまらなそうな顔で再び空に目を向けた。

私たちは今、放課後の屋上にいる。

毒々しいほどまでに赤い夕陽は、ユマのあどけない顔を煌々と照らしていた。

「ユマはさ、こんな終わり方で本当によかったって思ってる?」

私はその横顔にある種の神聖さを覚えながら、彼女に尋ねた。

「もちろん、そうだけど。今更なんでそんなこと聞くの」

「それは……」

私が言い淀むと、ユマはこちらに向き直る。彼女は、怒りとも悲しみともつかぬ感情に歪ませていた。

「あなたの心の中にいるのは、誰?」

ユマの目には昏い熱情が燃えていた。尻込みする私は、ユマにセーラー服のスカーフを捕まれた。

「今、わたし以外のこと考えてたでしょ」

頭ひとつ分背の低い彼女の顔が、すぐ目の前にある。私は思わず彼女から目を逸らした。

「やっぱり。まだあいつのこと考えてたんだ」

「違うよ」

反射的にそう答えたが、それでもユマは私を掴んで離さなかった。

「わたし、嘘はきらいなの」

ユマの息が顔にかかる。それが少しだけくすぐったかった。

「あなたが最低な選択を平気で出来るのに、後でぐずぐずと悩むようなしょうもない奴だって、もうわかってるから。だから正直に言って」

そう言うとユマは私のスカーフを離す。

「あなたの彼氏――風間のこと、考えているでしょ」

「……ごめん」

私は頭を垂れる。ユマの言う通りだった。私はここまで来て、自分が裏切った恋人のことが頭から離れなかった。

「やっぱり。わたしと浮気したの、後悔してるじゃない」

「……ごめん」

本当はもっと言いたいことがあった。ユマと浮気したこと――体の関係を持ったことに後悔しているのではなかった。ただ、かつて私のことを好きだと言ってくれた風間くんを傷付けることになったのを悔いているのだと。

しかし、それは全く筋の通っていない言い訳にすぎなかった。

「……まあ、いいわ」

ユマは慈しむかのように、私の包帯を巻かれた首をなぞった。何度も彼女に絞められた首は鬱血し、青黒い痕が残っている。

ぴりり、とした痛みが走った。だが、今ではそれすらも愛おしく思える。

「首を絞められて悦ぶマゾヒストのあなたには、わたしみたいなのがお似合いなの」

彼女は嗜虐的な笑みを浮かべながら、私の顔を覗き込んだ。

「あなたは恋人を傷つけた汚い裏切り者。わたしは他人のものを奪わずにはいられない略奪者。それにわたしたちは同性愛者で性的倒錯者。で、それが学校中にバレました」

私たちの関係は結局、風間くんに知られてしまった。ショックを受けた彼は、私たちのことをクラスメイトに伝えた。

それから私たちは生徒たちから侮蔑のこもった眼差しで見られるようになった。他者を貶めて愉しむ女子生徒たちの恰好のターゲットとなり、一通りの嫌がらせは受けた。

「この世界が歪なわたしたちを受け入れてくれないのなら、わたしたちの方から世界を拒めばいい」

冷たい風が屋上をびゅうと吹き抜ける。ユマの長い黒髪はなびき、乱れた。

「もういい?人が来ないうちに済ませましょう」

ユマはフェンスに足をかけ、よじ登る。私もその隣で彼女に倣った。

フェンスの向こう側は、生死の境目だ。

あと一歩、前に踏み出せばおわり。

そんな状況なのに、私は自然と笑みがこぼれていた。

「なんで笑ってるの」

ユマは怪訝そうにこちらを見つめる。

「……もしも、このまま私たちが死ねば、周りはどう受け止めるんだろうって考えてたら、何だかおかしくなってきて」

「……やっぱあなたって、変」

ユマはそんな私を見て、軽く微笑んだ。

そうして私たちはしばらく声を出して笑った。

「どうだっていいよ。どうせ、思春期特有の取り返しのつかない戯れとか、いじめを苦にした自殺とか、来世で結ばれるための心中とか、言われるんでしょう。でも、わたしたちは何も言わないし、何も遺さない。わたしたちがここで死ぬ理由は、永遠に閉ざされた箱の中」

皮肉な笑みを浮かべるユマは、私の手を強く握った。

「私たちを死に至らしめるのは、そんな量子力学的存在なわけか」

「そういうこと」

先ほどより強い風が、私たちの制服をはためかせる。私たちを死の世界へと誘うように、風は背中を押してくるようだった。

「うつし世はゆめ、夜の夢こそまこと。この世はどこかで羽ばたく蝶のゆめ。さあ、わたしたちはこんな悪夢から目覚めましょう」

真っ直ぐ前を向くと、夕暮れ時の街並みに明かりがぽつぽつと灯るのが見えた。それはまるで、よくできた舞台装置のように今の私には思えた。

「次に目が覚めたら、ユマは隣にいてくれるかな」

私もユマの手をしっかりと握る。小さくか弱い手からは、あと一歩を踏み出す力をもらえた。

「当たり前。夢はあなたが思うがままに描けるのだから」

ユマの微笑みは清らかで、冷たい風の中でも私の心を温かく包みこんでくれる。

これなら大丈夫だ。そんな気がしてくる。

「……ありがとう」

私はユマを見る。

「お礼はいいから。じゃあいくよ」

「そうだね」

私たちは、何もない空へ一歩を踏み出した。