嘘八百日記

このブログ記事は全てフィクションです。

パパ活したら日本一有名なパパと出会った話

私は男が嫌いだ。
男は私から多くの物を奪う。自尊心。自由。それと心の平穏。

こう考えるようになったきっかけは私と父親との関係性にあると思う。私の父は気性が荒く、気に入らないことがあるとすぐに母や私に手を上げていた。粗暴な父親を見ていたからか、男性というのは自分の持てる力で力なき女性を虐げ、支配しようする存在なのだと認知の歪みが生じてしまったのかもしれない。

私が高校に進学する頃には父と母は離婚し、私は母親側に引き取られた。それからは父親の暴力に怯える夜を過ごさなくても良くなった。父に殴られ続け、涙もすっかり枯れ果てて能面のような表情しか出来なかった母も最近ではよく笑うようになった。

しかし、父に与えられた傷は今も癒えることなく私の心の奥深くで膿んでいる。


私は大学生になってからパパ活を始めた。
搾取される側から搾取する側、奪われる側から奪う側になりたいという欲求を満たす手段として私はパパ活を選んだのだ。ただご飯を一緒に食べたり話し相手になったりするだけで金を貰えるなんて、一方的な搾取ではないか。私はそれを知った際に魅力的に感じ、パパ活を始めることを決意した。

金銭的に余裕のある『パパ』探しにはいくつか方法がある。すぐに思いつきやすいのはTwitterInstagramなどのSNSを利用するものだ。しかし、これらは金銭トラブルや犯罪に巻き込まれるリスクが高い。そこで私は「パパ活専用アプリ」を利用している。運営会社の管理の元、比較的安全にパパ探しを行えるのだ。男性にだけ安くはない利用料金が掛かるので、アプリ上の方が収入の高い男性とそれだけ出会う確率が高くなる。

これまでに会ってきた『パパ』は金はあるが日常生活にどこか寂しさを感じている男性が多かった。家に帰っても妻や子供達と親しくできず、気が休まらない既婚男性、仕事があまりにも忙しすぎて出会いもなく、仕事以外の話を誰かとしたかった男性など。私はそんな男性たちの心の隙間を埋め、その対価に金銭を貰っている。

『パパ』達は私がちょっと親身に話を聞いてあげればすぐ弱みを見せる。私より何十歳も上の男性が情けなく弱音を吐いているところを見ると、私は胸のすく思いがした。そんな男性たちを同年代の父親の姿と重ねて、あの父親が私の目の前で弱い姿をさらけ出しているような気がしてくるからなのだろう。

だから今日も私はパパと会う。繁華街のある駅の東口で私はパパを待つ。

道行く人をぼうっと眺めていると、向こう側から3頭身のシルエットがこちらに近づいて来ていた。あれは何処かで見たことあるような……

「もしかして、『パパ』でしょうか?」
私はおずおずと聞いてみた。

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「わしはバカボンのパパなのだ〜」

バカボンのパパ。確か今日会う予定の人のアカウント名はそんな感じだった気がする。

バカボンのパパさんですね、今日はよろしくお願いします!」
「ん〜?よくわからんけどよろしくなのだ」
「それじゃ、ご飯でも食べにいきましょうか」
私はバカボンのパパの腕に手を回しながら明るく言った。
「やめるのだ!わしにはバカボンのママという大事な相手がいるのだ!」
バカボンのパパは乱雑に私の手をどけてしまった。
そこまで思う相手がいるのなら何でパバ活アプリに登録しているんだろうか。疑問に思ったが、それは顔に出さないよう気をつけた。

「失礼しました……それで、今日はどこに連れてってくれるんですか?」
「わしはレバニラ炒めが好きなのだ!」
「そ、そうなんですか……じゃあ中華料理屋か!その店はどこにあるんですか?」
「多分こっちなのだ」
そういうとバカボンのパパは自信ありげな様子で大通りの方を指さした。


このパパは身なりからして、大した収入もなさそうだ。今どき付けている人なんて滅多に見かけない腹巻に、なぜか頭にハチマキを巻いたその姿は昭和の時代からそのまま抜け出してきたかのようであった。

そんなことを考えながらバカボンのパパについて行っていたが、気がつくと私たちは裏路地の行き止まりに着いてしまった。
「え、場所わからないんですか?」
「うーん、こっちのはずなんだが〜」
彼は困ったように頭をかいていた。
「あ!やっぱりこっちなのだ!」
唐突に振り返ると、今度はさっきとは別の方向を指さして小走りに行ってしまった。
「あ、待ってくださいよー!」
私は急いでついて行った。


「うーん、また違うところに着いたのだ」
彼は困った顔をしながら腕を組んでいる。
私たちは何故か海風が激しく吹き荒ぶ断崖絶壁に辿り着いていた。崖の下では波が荒々しく岩に当たっては砕けていた。なんでさっきまで町にいたのにこんなところに到着したのだろうか。私は困惑した。もしかするとバカボンのパパの周りでは時空が歪んでいるのかもしれない。
「今度こそこっちなのだ!」
彼は自信満々に別の方向を示して走っていった。


それから私は山、川、無人島、バカ田大学ホワイトハウスなど、様々な場所に連れ回されたが、なんやかんやあって無事に日本へ戻ってこれた。

「……もういい加減にして下さい!どこに連れていくつもりなんですか!」
「わからないのだ!」
彼はあっけらかんとしている。
「中華料理屋に連れてってくれるって話でしたよね!?」
「そんなことは言ってないのだ!わしはレバニラ炒めが好きだとしか言ってないのだ!」
彼の言葉に、私の堪忍袋の緒が切れた。
「ふざけないでください、あなた今日は何のために私と約束したのか分かってます?」
「そんなの知らないのだ」
そう言いながら鼻をほじる彼の態度からは申し訳なさは微塵も感じられなかった。

まさか。私はパパ活専用アプリを開き、今日会う予定だったパパのアカウントを確認する。

約束をしていたパパのアカウント名は「バカボンのパパ」ではなく「バガボンドのパパ」であった。

私は脱力した。人違いだったのだ。確かに会った時から違和感はあった。でも自ら『パパ』だと言っていたし、この人で間違いないだろうと思ってしまったのだ。

「じゃあ私のパパ活に付き合ってくれるという訳ではなかったんですね……」
パパ活ってなんなのだ?」
バカボンのパパは不思議そうにこちらを見る。
私は彼にパパ活のことを簡単に説明した。

「そんなのはパパじゃないのだ!」
バカボンのパパは憤慨した様子でそう言った。
「パパというのは自分の寂しさとか欲を満たすために子供を使ったりなんかしないのだ!なんでそんな奴のために会おうとするのだ?」
「それは……」
私は逡巡した。目の前の変なおじさんに私の本心を打ち明けるべきなのだろうか。
だが、この人と私は何の関係もないのなら話しても問題はないだろう。長旅の疲れがそうしたのかは分からないが、私は自然と本心を口にしていた。

「私の父は暴力を振るう人間で、そんな父が憎くて仕方なかったんです。父ぐらいの年齢の男性からお金を搾取することで、なんだか父に復讐しているような気がしたから、パパ活を続けていたんですよね……」
「そういう理由なら今すぐやめた方がいいのだ!そんなことしても意味ないし、大体搾取されてるのは君の方なのだ!」
「どういう事ですか?」
私はバカボンのパパの意外な返答に焦ってしまった。
「大して話したくもない人と話すのは疲れる!時間の無駄なのだ!それはパパ達に時間を奪われてるのと同じなのだ!」
彼は真面目な顔で話を続けた。
「時間というのはすごく大事なのだ!その時間は君自身がしたいということに使うべきなのだ。それはバカでもわかるのだ」
まさか彼が今日初めて会った私に対して、こんな一生懸命に言葉を紡いでくれるような人物だったとは思わなかった。もっとちゃらんぽらんな人なのかと思っていたので、その意外性は嬉しくもあった。
「まぁ、今日は滅茶苦茶なこともありましたし、パパ活には懲り懲りですね……」
私は疲れのにじむ笑みを浮かべて彼を見た。
「これでいいのだ!」
バカボンのパパは高らかにそう告げた。