魔界コンセプトのメイド喫茶に行ったら、本当にモンスターに出会えた
先日、僕はとあるメイド喫茶に行った。今回はその時の体験を元に記事を書こうと思う。
その日は平日だったのだが、有休を消化するために仕事を休んだので1日暇だった。
平日の昼間に出歩くなんて学生の時以来だろうか。僕はある種の開放感を覚えながら、秋葉原を散策していた。
今日はゲーム屋行って、駿河屋に行ったらどこかのメイド喫茶にでも行こうかな、と考えながら末広町方面へ歩いていると、見慣れない店を見つけた。
それは石造りの建物だった。周りにある普通のビルとは違う、どこか威厳を感じる門構えだ。入口横に置かれたブラックボードに『メイド喫茶 デスキャッスル』と書かれていることから、ここがメイド喫茶だと分かる。
その堅牢なつくりから威圧感を感じて少々入りづらいのだが、一応メイド喫茶と書いてあるので入ってみるか。ここで見つけたのも何かの縁だろう。
僕は木製の扉を開け、その店に入った。
「いらっしゃいませ~」
店の奥から明るい声が聞こえた。しばらくすると、奥から誰かが来た。足首までの丈のクラシカルなメイド服を身に着けている。やった。僕はロングのメイド服が大好物だ。
視線を足元から上げる。白いエプロン、そしてだらしなく伸びた舌。……ん?
「いらっしゃいませ勇者様! 1名様ですね? 」
そこに立っていたのはスモールグールだった。いや、ただのスモールグールではない。メイド服を着たスモールグールだ。
僕は驚きと戸惑いがないまぜになったが、反射的に「はい」と答えることができた。
「それではこちらになります~」
スモールグールはそう言って、僕を席まで案内してくれた。
客は僕の他には誰もいない。店内は外壁と同様に、いくつもの石を積み上げて作られた壁が特徴的だった。あちこちに置かれた燭台の灯がぼんやりと室内を照らしている。窓が小さく、日光をあまり取り込んでいないため、店内は昼間なのに薄暗かった。
「こちらメニューになります。注文が決まりましたらお声がけ下さい~」
スモールグールはにこやかにメニューを渡してくれた。いや、いつでも笑ったような顔をしているか。
僕はメニューの上の方にあった、『まほうのせいすいで入れたホットティー』を頼んだ。
これは夢なのだろうか。なんでスモールグールが当たり前のようにメイドになっているんだろう。僕は試しに頬をつねってみたのだが、痛みが走るばかりで何も起こらなかった。
頼んだ物を運んできたのは、さっきのスモールグールではなかった。
「おまたせしました!こちら『まほうのせいすいで入れたホットティー』になります!」
立派な口ひげを貯えた筋肉質の男性が、お盆に飲み物を乗せて現れた。
てっきゅうまじんであった。スモールグールと同様にメイド服を着ており、2つの鉄球がつながった鎖を持ちながら器用にお盆を持っている。
「ごゆっくりどうぞ~」
てっきゅうまじんの野太い声が店内に響き渡る。それは楚々とした佇まいで粛々と家事を行うという、僕が思うメイド像からはかけ離れたものであった。
一体この店は何なんだ。メイド喫茶と思ってきてみればモンスターハウスじゃないか。
そんなことを考えながら店内を見渡していると、少し離れた場所に人影が見えた。
良かった。この店にも人間の店員がいたのか。僕は胸をなでおろした。
「あの、すいません!」
その人影に声をかけてみる。その人が僕の方にやってきてくれた。
「いや~ この店ってなぜかモンスターばかりでしょ? だから少し不安になっちゃって……」
僕はそう言いながら、近づいてくるその人を見た。
その人は確かに人間だった。姿かたちは人間で、2足歩行で歩き、クラシカルなメイド服を着ているのは良い。問題はその顔だった。
それは僕が歯磨きをする時や髭を剃る時に何度も見た顔。彼は僕と全く同じ顔を持っていた。
「えっ……」
僕は思わず声を漏らした。僕と瓜二つで、メイド服を着る彼は「あっ、驚かせちゃいましたね……」と申し訳なさそうに言った。
彼の姿はみるみる内にぼやけていき、火の玉のようなものが残った。
マネマネだった。メイド服は着れなかったのか、ホワイトブリムだけ付けている。
「すいませんね! 初めて会う人の真似をしちゃうのは私の悪い癖でして……」
「あっ…… そうなんですね……」
突然の変身にたじろいてしまった。人かと思ったが、結局モンスターなのか。
「あの、ここってどんな店なんです? というかなんでモンスターが普通にメイド喫茶やってるんですか」
「それはですね……」
マネマネは僕の質問に気を悪くすることなく、丁寧に答えてくれた。
どうやら、彼らはモンスターであるのだが、人を害することが嫌いなのだそうだ。
魔界にいると、魔王を倒すべくやってくる冒険者たちを襲うように魔王から指示され、否応なしに戦わされる。それが嫌になった数体のモンスターたちは魔界を去り、人間界にやってきて、元々興味のあったメイド喫茶を経営することになったらしい。
魔界にいた彼らがどうして人間界のメイド喫茶に興味を持ったのか。それは、冒険者たちの落とし物の中にメイド喫茶のチラシがあったからだ。
『美味しい紅茶のご用意が出来てます!あなたも癒されに来ませんか?』という文言と共にメイド服を着た可愛らしい女性の写真が添えられたチラシを見て、メイド喫茶ならモンスターでも誰かの役に立てると考えたらしいのだ。
「やはり、我々はモンスターなので驚かれて店を後にする方が多いです。そんな中でも、我々の姿かたちは関係ないといってご贔屓にしてくれる方もいらっしゃいます。私たちはそんな人々のためにこのメイド喫茶を続けているんです」
マネマネがそう言うと、いつの間にか近くに来ていたスモールグールとてっきゅうまじんが相槌を打っていた。
モンスターはRPGでも敵キャラとして、当たり前のように倒してしまうような存在だ。彼らがどんなことを考えながら戦っているのかなんて、今まで気にしたこともなかった。
だが、このメイド喫茶で働いているモンスターたちのように、優しい心を持ち、自分たちなりに人間と仲良くしようと頑張っている者もいるのだ。
そのことに気づかされた僕は、姿かたちだけで彼らを恐れてしまっていたことを心の中で反省していた。
「長話してしまってすいません! さっ、紅茶が冷めてしまう前にいただいちゃって下さい」
僕はマネマネに促され、頼んでいた紅茶に口をつけた。
ベルガモットの香りがふんわりと広がり、爽やかで若々しい香りとともに程よい渋みが感じられる。とても美味しい。
何だか、MPが35回復したような気がした。