嘘八百日記

このブログ記事は全てフィクションです。

サイゼリヤに行ったら間違い探しの間違いの世界に入った

私はサイゼリヤが好きだ。

比較的値段は安いのに、味はそこそこ良くて満腹になれるからだ。

今日も私は仕事終わりに、夕食を食べようとサイゼリヤに行った。

席につき、メニューは見ずに注文用紙にメニュー番号を書き込む。店に来る前から、食べるものはすでに決めていた。

注文番号はDG08。シーフードパエリアである。私はサイゼリヤのパエリアが大好きで、何度も頼んでいるので注文番号はそらで書ける。

店員に注文用紙を渡すと、私はいつものアレを始めた。

それは「間違い探し」だ。サイゼリヤではキッズメニューの外側に間違い探しが描かれているのだ。

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注文した料理が来るのを待つ時に、私はいつもこれをやっている。なかなかの難易度で、間違いを10個全て見つけるのは結構時間がかかる。

さて。今日はパエリアが来るまでに見つけられるか。サイゼリヤの間違い探しは時間との闘いだ。私はこれをやる時、料理が届くまでをタイムリミットとして間違い探しに取り掛かっている。時間制限を課した方が燃えるからだ。

イラストの中の人物が身につけている帽子が違うなど、パッと見てすぐに分かる間違いから、窓枠が1cmズレているなどのじっくり見ないと分からない間違いもあり、歯応えがあった。

しかし、こちらもサイゼリヤ間違い探しはかなりやり込んでいる。サイゼリヤの間違い探しが誕生した2005年から客からのクレームによって一時中止した2007年まで、メニュー裏の間違い探しが再開した2012年からこれまで欠かさず挑戦してきた生粋の間違い探し二ストである。

8個目の間違いから少し手こずったが、何とか10個目の間違いを見つけられた。よし。料理が来る前に全て見つけられたぞ。

達成感を感じながらキッズメニューから目を上げると、少し違和感を覚えた。先程見ていた景色とどこか違うような……

「さっきとは様子が変わったので驚いていますでしょうか」

声のする方に向くと、いつの間にか傍に女性店員が立っていた。細い銀縁のメガネをかけ、黒いマスクをしているからか、肌の白さが際立っている。

サイゼリヤの制服を着ているのは普通の店員と同じなのだが、胸に付けている名札に書かれた文字は何故か文字化けを起こしているので、彼女が何という名前なのか分からなかった。

「ここは間違い探しの"間違い"の方の世界です。これからあなたには間違い探しをして頂きます」

「えっ…… どういうことですか」

彼女が言っていることに理解が追いつかない。

「ここは"間違い"の世界です。あなたはここで間違いを10個全て見つけてください。 見つけられなかった場合、あなたはこの世界から二度と出られなくなりますので悪しからず」

彼女はニコリともせず、淡々とそう告げた。

ここでは非現実的な話をしている一方、周りにいる他の客たちは普通に食事しているだけだ。ここが別の世界だなんて、にわかには信じられなかった。

「本当に私はここから出られないのですか?さっきと同じようにあそこに出口もあるし、普通に出られそうですけど」

私は奥にある、先程入ってきた店のドアを指さしながら言った。

「この世界には店の出口より先は存在しないのです。無理やり出ようとすればあなたの存在は無かったことになるでしょうね。なのであまりオススメはしません」

彼女にはふざけている様子は一切見られなかった。荒唐無稽な話だが、恐らく本当なのだろう。

仕方がない。こうなってしまったら間違い探しをやってやろうじゃないか。

「わかりました。やります」

「了承しました。それではこちらをどうぞ」

そう言って彼女が渡したのは1枚の写真だ。私の座る席から見たフロアの様子が写っている。

「この写真は"正解"の方のものです。これとこの世界を見比べて、間違っているものを10個全て探して下さい。見つけた間違いは私に口頭で伝えて下さい」

彼女はそれだけ言うと、あとは黙って立っているだけだった。

よし。間違い探しなら得意だ。さっさと終わらせてしまおう。

私は気合いを入れて、間違い探しを始めた。

最初の方に見つかるのは、やはりすぐに分かるような間違いだ。店に飾られた絵が変わった、ソファーの色が違う、時計の針が示す時刻が異なるなど。

6個目まではテンポよく見つけられた。だが、7個目からはすぐに見つけられなかった。

キッズメニューの間違い探しのように、7個目からは少し捻りのある間違いにしているんだろうか。

私は客のテーブルに置かれた皿の数や、グラスに注がれた飲み物の量などの細かい点に注目して見るようにした。

そうすると、7個目と8個目の間違いを見つけることが出来た。テーブルが少しズレた位置に置かれているのと、皿に盛られた辛味チキンの数が多くなっているというものだった。

なかなか難しかった。でもあとひとつだ。絶対に10個目を見つけて、元の世界に戻ろう。

しかし、それからいくら探しても10個目の間違いが見つけられなかった。


この奇妙な間違い探しを始めてどのくらいの時間が経ったのだろうか。私は疲れた頭を抱え、正解の写真をひたすら見つめていた。

私が今いるこのサイゼリヤと、さっきまでいたサイゼリヤとの間違いは9個までは見つけられた。でも、どうしても10個目は分からない。一体他に何が間違っているんだ。

すると、私はふと、あることを思い出した。

そういえば、キッズメニューの間違い探しはイラストの中以外にも間違いがあるのだ。例えば左上の『Kids menu』と書かれた枠の中。時々、そこに書かれたテキストに間違いが隠れていることもある。

つまり、この風景の中にある間違いに限った話ではないということだ。私の目に見えていない、決定的な間違い。

……わかったような気がする。

「10個目、わかりました」

「はい。どこにあるでしょうか」

「それは…… この私の存在です」

私はこちらの世界の住人ではない。本当はここにいてはいけない、"間違い"なのだ。それは正しい世界と間違った世界の両方を観測した私にしかわからない間違いだった。

女性店員は少し驚いたような表情をしている。果たして、これが10個目の間違いだったのだろうか。

「おめでとうございます。10個全部見つけられましたね」

彼女はにこやかにそういった。私の前で見せた、最初で最後の笑顔だった。

やっと終わった。私は全身の力が抜け、ソファーの背もたれに寄り掛かった。

視界がぐにゃりと歪む。気が付くと、私の傍らにいたあの女性店員は消えていた。

ここは元居た世界なのだろうか。一見先ほどと何も変わっていないように見えたが、私はここが自分が存在しても良い世界のように思えた。

「おまたせいたしました。こちらシーフードパエリアになります」

店員が料理を持ってきた。パエリアを注文したのは随分前のことのように思える。

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スプーンで一口掬って食べた。魚介の旨味が口いっぱいに広がる。底にできたおこげも香ばしくて良い。

何だか、いつものパエリアよりも美味しく思えた気がした。